日独戦争と俘虜郵便の時代 33 03.06.25 |
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15) 青島の地名変更 |
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大正3年(1914年)11月17日、独立第十八師団は、旧ドイツ青島総督府へ司令部を 移転し、同日青島占領地に青島守備軍司令官を置く件を決定した。また、19日には 神尾司令官の名のもと、青島及び李村に軍政を布くことが正式に発布された。 (軍令第一号) 青島の占領政策はこのようにして始まったが、司令部において最初に詮議された 事のひとつに、旧ドイツ租借地内ドイツ語地名の日本語名への変更があった。原則 として中国語地名は引続き使用され、ドイツ語地名の変更は司令部に一任される 事になった。日本を象徴する名称や、独立第十八師団及び青島攻略作戦に参加し た膠州湾封鎖艦隊(第二艦隊)に因んだ名称をつけることが提案され、11月20日よ り青島攻略戦において象徴的な地名、続いて青島市街各地名等の名称変更が行 われている。 |
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図115 |
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青島市街の地名も、混乱を避ける為主要な中国語地名は引続き使用された。ドイ ツ語地名の変更については、主に独立第十八師団の各部隊出身地から命名され た為、日本各地の地名がつけられたが、その多くは久留米師団の地名(九州地方) であった。 |
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