日独戦争と俘虜郵便の時代 1      02.12.25

1) 第一次世界大戦の勃発(その1)
 
 
1914年6月28日の日曜日、セルビアの首都サラエボに一発の銃声が響き渡った。
この地方の陸軍大演習の帰途、同地に立ち寄ったオーストリア皇太子フランツ・フェ
ルディナント大公が、セルビア民族主義者の青年の銃弾に倒れたのである。この日
を境にヨーロッパから世界へ、四年半に渡る暗い戦争の時代が始まったのだ。詳し
い話は歴史家に任せるとして、ここでは、
1914年(大正3年)中の各国の対峙状況を
簡単に書いておこう。

06月28日  サラエボ事件
07月28日  オーストリア・ハンガリーがセルビアに宣戦(第一次大戦の始まり)
08月01日  ドイツがロシアに宣戦
  02日  ドイツがルクセンブルグへ侵攻開始
03日  ドイツがフランスへ宣戦
 イタリア中立宣言
04日  イギリスがドイツに宣戦
 ドイツがベルギーに侵攻開始
 アメリカ中立宣言
  06日  オーストリア・ハンガリーがロシアに宣戦
  11日  フランスがオーストリア・ハンガリーに宣戦
  12日  イギリスがオーストリア・ハンガリーに宣戦
  23日  日本がドイツに宣戦
  25日  日本がオーストリア・ハンガリーに宣戦
27日  日本の軍事郵便取扱開始(日独戦争)
09月02日  日本軍山東半島龍口へ上陸開始 18日労山湾へ上陸
05日 〜10日
 マルヌ(仏国)の会戦(連合軍対ドイツ軍)
10月06日  久留米に収容所が開設される。(寺院)
 以後ドイツ俘虜受入れ開始
(03日 〜19日)
 日本軍ドイツ領南洋群島を占領
11月07日  日本軍青島ドイツ軍攻略
  11日  日本国俘虜収容所開設(久留米に加えて他9ヶ所)
17日  青島要塞ドイツ俘虜の第1陣としてワルデック膠州湾総督ら
 門司港到着、福岡収容所へ向かう。
12月18日  神尾中将東京駅に凱旋(東京駅開業日)


図1

図2


図3


図4
 
 
図1のカバーは、26銭を貼った横浜(1914年7月13日抹消)からベルギーのブリュ
ッセル宛(その後転送)の書留便で、第一次世界大戦勃発直前のシベリア鉄道ルー
トをぎりぎりすり抜けている。
 到着印
(図2)はブリュッセルのものだが、その日付は大戦が始まった7月28日とい
う歴史的なものになった。ドイツ軍がベルギーに侵攻するのは、1週間後の事であ
る。

 中立国であるはずのベルギーがドイツに侵攻されると、ベルギーやフランス北部
の人民はフランス南部へ避難を開始した。この道中では多くの悲劇的な話があるよ
うだが、そんな中に無事避難に成功する1人の日本人がいた。
 
(図3)1914年10月05日(文面日付は6日、誤植か?)にフランス中部ディジョンへの
避難途中に差出した両親への安否報告の葉書である。
8月11日に急遽加刷発行さ
れたフランス種蒔付加金付10+5cが貼られている。何の為に付加金を付けて発行し
たのかは、ドイツが
8月3日にフランスに宣戦、フランスも8月11日オーストリア・ハン
ガリーへ宣戦した、ということから容易に想像出来る。この葉書は、パリ中継印が押
されマルセイユ経由指定で、2ヶ月後の
12月3日に無事日本に到着した。
 また、この葉書はベルギーからフランスへの避難民を撮影したもので
(図4)10月
の時点で早くもこのような葉書が作られ、避難民自身が利用していた事などは興味
深いものがある。余談だが、この差出人は他の郵便物により、1次大戦後まで無事
でいた事がわかっている。


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