日独戦争と俘虜郵便の時代 57
      04.04.16

29) 
山東撤退(その2)

 在中国日本郵便局の撤退は1922年(大正11年)12月31日付であるが、山東の日
本郵便局は前述のように同年12月10日に撤退することになっていた。この時差の
為、12月10日より31日迄の間、山東の郵便電信事業の中国側引継による混乱が予
想され、日中間に引継残務整理の協議が行われた。

 
特に問題となったのは“郵便為替業務”であった。新しい日支郵便為替約定の施
行は翌大正12年1月1日であるので、山東では12月10日より3週間の空白が生じる
事になってしまう。これを避ける為、引継いだ中国青島郵便局本局(所澤町)内に、
在来の通り日本郵便吏員(残務整理官)による臨時日本局窓口が置かれ、12月31
日迄
、青島日本間の為替業務を引続き行う事が協定された。(貯第306号、欧受第
684号)(これは、日本の支那加刷郵便切手上に、青島局の櫛型印・11年12月11日
より31日迄
の為替印が存在する可能性を意味する。)

 
その他、電信、電話、発電所等の業務に対しては、準備不足を理由とした中国側
の懇請により、四方、滄口、李村、坊子、張店、溜川炭鑛、博山、済南、の各局にお
ける電信電話、及び青島無線電信局、青島発電所の業務を、大正11年12月20日
、日本側が継続して行う事になった。青島本局(所澤町)に関しては、年内中は電
信事務を継続したと考えられる。(これは、日本の支那加刷郵便切手上に、11年12
月11日より20日迄
これらの局の櫛型電信印が存在する可能性を意味する。青島本
局は12月31日迄。)また、青島佐世保間海底電信線については、北京細目協定付
属了解事項として新たな日中の運用協定成立まで、中国青島郵便局内の臨時日
本局で管理される事になった。

 
日本側逓信部公有財産物品材料等は12月26日迄に受渡しを完了し、その他の事
業用材料、備品等は引継委員長の査定により代価支払を行い、翌1月10日迄に実
質上の逓信部中国側引継は完了した。

 
ここに非常に興味深い使用例がある。支那加刷1銭5厘葉書に中国切手1.5分を加
貼の上、中国青島局で大正11年(1922年)12月27日に抹消された、青島日本局撤
退後の日本宛使用例である。(図222)


図222

 
識者によると、山東の日本局撤退後に告示されてしかるべき「同地域での支那加
刷切手・葉書類の使用廃止逓信省告示」
が無く、暫定的に年内は支那加刷切手・葉
書類が郵便料金として有効だった可能性も指摘されている。12月10日に実質上の
日本郵便局は撤退しているが、空白の3週間(12月11日〜31日)、その受け皿として
日本郵便吏員(残務整理官)による臨時日本局が郵便窓口としても機能していた可
能性である。ここでは差出人である在青島の日本人の視点から、この使用例の実
像を検証してみたい。

1)支那加刷葉書額面が無効の場合


A) 差出人は無効を承知で葉書台紙として使用し、中国切手を貼付の上、ポスト又
   は中国青島局へ差出した。

B)
 差出人は無効と知らずに中国青島局へ持込むが、そこで中国局により中国切
   手料金を徴収された。
C) 差出人は無効と知らずに中国青島局内の臨時日本局窓口に持込む。日本局で
   は額面料金を認めず、差出人より中国切手料金分徴収の上中国局へ引渡し
   た。

D) 
差出人は無効と知らずに青島市内ポストに投函する。(この場合、未納不足とし
   て取扱われた形跡がないので)中国切手料金を中国局が補填、又は臨時日本
   局より徴収した。


2)支那加刷葉書額面が有効の場合


E) 差出人はポスト又は中国青島局へ持込む。引継暫定期間の特例として、中国
   局は差出人より中国切手料金を徴収せず、無償変換で中国切手を加貼し受付
   けた。

F) 
差出人はポスト又は中国青島局へ持込む。引継暫定期間の特例として、中国
   局は差出人より中国切手料金を徴収せず、臨時日本局より徴収のうえ、中国
   切手を加貼し受付けた。

G) 
差出人は中国青島局内の臨時日本局窓口に持込む。引継暫定期間の特例と
   して日本局は受付け、日本局により中国切手が加貼され中国局へ引渡された。

H) 
差出人は中国青島局内の臨時日本局窓口に持込む。引継暫定期間の特例と
   して日本局は受付け、中国局は無償変換で引受け中国切手が加貼された。

 ここでは上記の可能性を挙げてみた。筆者としては心情的にE、H説あたりを採り
たいが、それを裏付ける資料は現在見つかってない。今後の新たな使用例の発見
を期待したい。


図223 撤退後の中国葉書使用例、12年3月21日差出、青島より日本宛

 引継後の郵便事情についても取上げてみる。大正12年3月30日付の青島守備軍
民政長官秋山雅之介より陸軍大臣山梨半造への「引継状況並支那ノ経営状況」
(引継第94号、欧第11号、欧受第1603号)に、引継直後の状況が述べられている。

・ 中国側の引継準備不足に加え、年末年始の通信繁忙期に際し、非常なる混乱状
態に陥り、郵便物の遅延、誤達は勿論、数回に渡り集配人が河川等に郵便物を放
棄する事実等が発見され、一般公衆は通信に多大の不安を感じている。尤もこの
件は新聞紙上でも取上げられ、非難攻撃が相次ぎ、集配人も最近では配達に熟練
してきたようである。しかし、この原因はそもそも従業員の責任観念が極めて希薄で
ある事にあり、このような状況下で中国側に通信を託す事は極めて遺憾である。細
かい問題点として幾つか例を挙げる。


一、
受取人の確認をせず、他人に郵便物を手渡ししてしまう。
二、
同一番地宛では、名宛を確かめず不注意に配達する。
三、
郵便局は到着順に処理しない。
四、旧正月には大多数の局員が休暇をとり、数日間業務が滞った。中国郵政当局は
   通信業務の意義を理解していない。


   (以上概要要約)

 このように、郵便事業の引継では中国側の準備不足により様々な問題が生じた。
特に在留邦人の中国郵政に対する評判は悪かったようである。また、郵便だけでな
く、各方面の引継について行政権移譲における混乱も多数報告されており、居留日
本人の生活権を重視し、日本側残務整理官の滞在延長や、新たな日本人顧問官
の増員等も検討されている。

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