日独戦争と俘虜郵便の時代 49
      04.01.05

24) 
青島守備軍の秘密局

 大正8年以降に、旧ドイツ租借地外に追加開局された野戦郵便局に、張店第二
(博山)、張店第三(周村)、膠州第二(城陽)
の3局がある。中国の主権を無視し純
粋な中国領土に新たに開局されたこれらの郵便局が、中国や国際社会に対しての
カモフラージュの為に既存局支局名のもと設置された事は、多くの郵趣文献でも指
摘されている。しかしながら、使用例確認の難しさもあり、未だ未解明の部分も多い
謎の郵便局でもあった。


 今回の調査の過程で、これらの郵便局が青島守備軍により周到に計画された、
“秘密局”
として設置された事を証明する数百枚にも及ぶ資料を入手したのでここに
紹介したい。その内容は驚くべきもので、青島守備軍、陸軍省、外務省、逓信省、
中国郵政当局の生々しい遣り取りが記録されている。膨大な資料の為、その概要
を時系列にまとめてみるが、読みづらい節はお許し願いたい。


 
大正71010、青島において締結された「山東日支通信連絡細項取極メ」に
基づ
き、青島守備軍は中国側に対して山東鉄道随所の停車場構内において公衆
電報の取扱いを認めさせ、また、支那局との電信連絡箇所として、済南、博山、周
村、維縣(三水の維)、青州、膠州、城陽、青島の8ヶ所を指定した。このうち電信取
扱所の設置のない城陽では、
1年以内に電信取扱所を設置し、中国側との通信連
絡交換を開始する事が決められている。

「博山、周村」


図190 博山停車場


図191 周村停車場

 野戦郵便局の設置のなかった山東鉄道沿線のうち、博山、周村(他計6ヶ所)で
は、
51216日より各停車場構内に野戦郵便局臨時出張取扱所を設置し、
郵便箱設置・
12回郵便局員の出張による郵便物の引受交付、為替事務、郵便切
手類の売捌き等を行っていた。


(大正71016日)

・青島守備軍司令官事務取扱本郷房太郎より陸軍大臣田中義一に申請
 「博山及周村ニ通信機関開設普通事務開始ノ件」(欧受第1701号)

 この時点では、青島守備軍は既存の野戦郵便局のように“博山野戦郵便局”、
“周村野戦郵便局”という地名野戦郵便局を設置する計画であった。青島守備軍が
一番重要視したのは、“専管居留地”実現を踏まえて、開設した租借地外の野戦郵
便局において“普通郵便事務”を行う事であり、これは明らかに中国側との協定(山
東日支通信連絡細項取極メ)違反であった。


 博山及周村ハ別紙理由書ノ通通信機関開設ノ必要アルヲ以テ日支通信連絡実
施ノ暁ハ両地ニ野戦郵便局及軍用通信所ヲ設置シ左記要領ニ依リ普通郵便竝公
衆電信事務取扱開始致度、局所名ハ野戦郵便局及軍用通信所共前記ノ地名ヲ冠
ス(欧受第
1701号)

(大正712月)

 「博山に日本郵便局を設置する事は約定違反である」という抗議が中国側済南交
渉員より日本済南領事にあった事が、山田済南領事代理より青島守備軍民政長官
に報告された。中国当局には、「該当野戦郵便局は未開設である」と回答している
が、この時点でも同地停車場構内で(野戦郵便局臨時出張取扱所)普通郵便物も
取扱っている以上、中国側の抗議は当然の事であった。青島守備軍は中国当局に
対して、同地に“郵便取扱所”を開局する予定は無いと伝え、“電信取扱所”に於い
て内密に郵便の取扱いをする事を決定し、既存局の支局“張店第二野戦郵便局”
の名称をもって郵便事務を開始する事にした。(青逓秘第
200号)

(大正8111日)

 博山停車場敷地内の商社「東和公司」西側隅の一般中国人の目に触れる事は殆
ど無い、極めて目立たない一室に電信取扱所を設置し、同時に事実上の“秘密局”
として張店第二野戦郵便局、及び同軍用通信所を設置した。表向きの顔としては
「山東日支通信連絡細項取極メ」に基づき日支通信連絡と公衆電報の取扱いを行
い、秘密裏に普通郵便事務の取扱いも開始した。(欧発第
12号)

 青島守備軍公報には前日
110日)付で同地の野戦郵便局臨時出張取扱所廃
止を告示しているが、翌日の野戦郵便局設置に関しては何ら告示をしていない。青
島守備軍公報に地名野戦郵便局設置の告示が無いのは、張店第二(博山)、張店
第三(周村)、膠州第二(城陽)の3局だけである。


(大正844日)

 中国郵政総局より日本済南領事に対して博山に日本郵便局設置の件抗議

(大正8416日)

 周村停車場構内に電信取扱所を設置し、同時に事実上の“秘密局”として張店第
三野戦郵便局、及び同軍用通信所を設置した。設置場所は、停車場倉庫の一隅を
利用する。(欧受第
1701号)

(大正8428日)

・在支特命全権大使小幡酉吉より外務大臣内田康哉へ報告(欧機密第179号)
・在支特命全権大使小幡酉吉より青島守備軍司令官大島健一へ報告(機密第5号)

 中国側交通局は、日本人が博山に郵便局を設置し公衆の郵便物を取扱っている
疑惑があるとし、密かに支那交渉員にその実態の調査をさせた。その結果、停車場
構内東和公司内西側に、仮の受入口を設け郵便所の門札を掲げ、発送時間等を
定めた上日支人の郵便を受付けている事を確認した。日支間に締結した条文に合
意は無く、明らかに協定違反であるとして、
大正844、中国郵政総局(支那交
渉員・陳氏)より日本済南領事に対して抗議文書の送付があった。


(大正8513日)

 中国郵政総局よりに日本済南領事に対して周村に日本郵便局設置の件抗議

(大正8517日)

・外務大臣内田康哉より陸軍大臣田中義一へ申進(欧機密送第214号)
・外務大臣内田康哉より逓信大臣野田卯太郎へ申進(欧機密送214号)

 博山日本郵便局設置に関する件に関し中国政府より抗議のあった事を、在支特
命全権大使小幡酉吉より報告を受けた。外務省としては、山東問題に対し帝国の
態度は極めて慎重を要する折、この種の公明ならざる施設は不適切であるとし、出
先官憲に対し速やかに本件施設を撤去するよう訓達申進した。


(大正8520日)

・青島守備軍司令官大島健一より陸軍大臣田中義一へ報告(博山ニ日本郵便取扱
所設置抗議ニ関スル件、青逓秘第
124号)

 本件に関し北京公使より外務大臣に中国側抗議の報告があった。そもそも博山に
野戦郵便局及び軍用通信所を設置の必要性は既に説明した通り、最初は同地地
名の野戦郵便局を設置する予定であったが、対支関係に配慮し「張店第二」なる名
称を用い、置局を公表しないということで開設したものである。また、電信取扱所は
日支約定にある通り公然と設置できるので、同電信取扱所において内密に郵便の
取扱いを行うという事である。


 支那交渉員より再三済南領事に抗議があったようだが、支那交渉員に対しては、
(一)郵便所の門札を掲出した事実はない。(二)博山に帝国軍衛官吏職工御用商
人等の存在する以上、軍事郵便の取扱いを行う事は出来ると解釈し、一般公衆の
郵便物の引受けはしていない、と回答するべきである。尚、支那側が“郵便切手売
捌所”の標札や支那人集配人の使用を指摘したのなら、電報頼信事務に郵便切手
を使用するので公然と売捌は認められ、電報配達の都合上支那人の雇人は必要
であるとし、何れも約定違反ではないと回答すべきである。


(大正8614日)

・逓信大臣野田卯太郎より陸軍大臣田中義一へ申進(外第3377号・欧第1701号)

 博山の日本通信施設に関して外務省より照会があったが、同地の我郵便局は本
来軍事施設であって支那側に対し何ら憚る事はない。支那は山東の我野戦郵便局
に於ける公衆郵便物取扱廃止及び軍隊撤退後の野戦郵便局撤廃を熱心に固執し
ているが、日本の強硬なる主張の前に、既存野戦郵便局における公衆郵便物取扱
いについては一切抗議も無く黙認していると解釈できる以上、この件に関しても承
認を裏付けるものと認められる。軍隊の撤退後も野戦郵便局にかわるべき施設(郵
便受取所等)を存続させる事は、
大正559日付外務省発逓信省宛政機密送第
54号で外務省も承認しているのだから、青島、済南、維県(三水の維)の三局以外
の山東鉄道沿線各局も撤退する必要はない。逓信省としては現状維持を主張する
ので、外務省と協議してほしい。


(大正8617日)

・外務大臣内田康哉より陸軍大臣田中義一へ報告
 (欧機密送第
105号 欧第1701号)

 中国側交通局は、博山に続き周村に於いても、日本人が郵便局を設置し公衆の
郵便物を取扱っている疑惑があるとし、密かに支那交渉員にその実態の調査をさ
せた。周村において以前は野戦郵便局臨時出張取扱所と称して、停車場及び日本
商店に各郵便箱一個を設置していたが、
大正8416日より停車場内に周村電信
取扱所を設置し、電報及び郵便をも一屋内にて取扱い、日本郵便局を開設した事
は明らかであると、
大正8513、中国郵政総局は日本側に抗議文書を送付し
た。


(大正873日)

・青島守備軍陸軍参謀長向西兵庫より陸軍次官山梨半造へ回答
 (秘欧発
190号・欧第1701号)

 
大正8520に当軍司令官より陸軍大臣へ申進のように、博山に郵便取扱所
は必要な施設であり、外務省の来議の如く直ちに撤廃をする事は出来ない。今後
時局の推移を見極めた上、一般野戦郵便局の撤廃問題が差起り場合に博山の施
設も一括して解決するべきである。支那の要求があっても、当該守備部隊の全部撤
退迄は之を存置する必要がある。


(大正877日)

・外務大臣内田康哉より陸軍大臣田中義一へ申進(欧機密送第117号)

 日支通信連絡取極に基づく博山・周村の電信取扱所で郵便事務を行なう事は廃
止すべきであり、山東鉄道沿線の我野戦郵便局に於ける普通郵便事務の取扱継
続停止問題とは、別途研究すべき問題である。


(大正8816日)

・青島守備軍参謀長向西兵庫より陸軍次官山梨半造へ「博山及周村ニ日本郵便取
扱所設置
ニ関スル件」回答(青逓秘第200号・欧第1701号)

 博山及び周村に郵便局を設置する件では、対支関係を考慮した結果、野戦郵便
局設置を公表せずに、電信取扱所において内密に郵便の取扱いを為す事とした。
今回外務大臣より申越の如く、支那側の注意を惹きつつあるので、これを緩和する
為に特に注意を加え現物を外向に漏らさないよう取計う事にする。現在山東鉄道沿
線各地に野戦郵便局は存在し、普通郵便の取扱いも継続しているのに、支那が博
山、周村のみ抗議を提起するのは理解しがたく、一般野戦郵便局の存廃問題差起
り場合は考究を要するが、現在の在留邦人通信上の不便に鑑み是非継続のこと詮
議してほしい。


「郵便取扱上の注意」

1.郵便日付印は継続して博山に対し“張店第二”、周村に対し“張店第三”を使用
  し、今後も両地に於いて普通郵便を取扱う実跡を残さない様注意する。

2.支那人に対する郵便物配達には支那人配達夫を使用するが、私服にて郵便用
  物品は携帯させない。

3.日本人配達夫の郵便配達に於いても、電報配達なるが如く装はしむ。
4.窓口には一般局の如く書留、小包、為替貯金等の如き表示札を一切備え付けな
  い。

5.標札には“電信取扱所”のみを表示する。

(大正8819日)

・青島守備軍民政部逓信部長古賀傅吉より陸軍省軍務局長菅野尚一へ報告
 (青逓秘第
204号)

 
先月28に陸軍次官より当守備軍参謀長へ照会の件、本月16に回答した通り
であるが、博山に於ける支那側との通信連絡は
本年69日開始より実に円満に進
行しつつあり、
周村に於いても
911日より開始の旨、支那交通部電政司長の応諾
を得ており、山東鉄道沿線連絡箇所に於いても支那側との連絡関係は、何ら問題
はない。


「城陽」

(大正8109日)

・青島守備軍司令官より陸軍大臣へ申請(局所設置ノ件・欧受第1369号)

 博山、周村と同様に日支通信連絡取極めに基づき、城陽においても電信取扱所
の設置が必要である。同時に野戦郵便局及び同軍用通信所を設置し普通郵便事
務をも取扱う。名称は、対支関係上、博山・周村の例により“膠州第二”とする。


(大正81010日)

・陸軍次官より青島守備軍参謀長へ回答(欧発875号)

 膠州第二野戦郵便局を設置する件は認可し難い。租借地外に新たに軍事通信施
設を設置する事は、支那の反感を懐かしむだけであり、青島還付を伴う日支交渉案
件討議中の今日、開放地の可能性の高い城陽には必要を認めない。


 長くなったが、この
1010の記録を以って、数百枚にも及ぶ「博山及周村ニ通
信機関開設並普通事務開始ノ件」及び「城陽」に関連する資料は終わっている。記
録を追ってみると、設置反対の態度をとる外務省と、強行に設置を主張する青島守
備軍と逓信省、独自の意見はあまり見えない陸軍省という構図が見えてくる。外務
省は、郵便局の問題だけでなく、大きな枠組みでの「山東問題」に直面している以
上、明らかに中国側を刺激するのを避けようとしている。一方青島守備軍は、現地
の実状を重視し、国際的な問題として「山東問題」が提起された場合に初めてこの
問題を一括して論議すべき、というスタンスを取っている。


 その後の記録は見つかっていないが、中国側の継続した抗議の有無に拘らず、
博山、周村では“秘密局”として存続したことからも、最終的な主導権は現地の青島
守備軍が握る事に成功したようだ。。城陽は、資料では陸軍省の設置不許可の回
答で終わっているが、現実には
1021日までの遣り取りの記録があり(資料未
見)、
大正81111、同様に開局している事からも、青島守備軍が強引に設置
を主張し認めさせた可能性が高い。

 また、この3局は済南、維縣(三水の維)を除く旧ドイツ租借地外の山東鉄道沿線
各野戦局とともに、
大正9221、“軍事郵便局”と名称を変更している。発表さ
れている使用例は、軍事郵便局の小為替原符(華郵集錦・第二部参照)が僅かに
記録されているが、野戦郵便局時代の普通郵便物の記録を筆者は確認していな
い。これらの局発信の郵便物が発表されれば、軍事郵便史に於いて新たな1ペー
ジが加わるはずである。



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